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Before Act
-Aselia The Eternal-

幕間 ラキオス
03:00 - 06:00



 07:00 A.M.-


ざわめくこの場をルーグゥ王は心地良く感じている。
スピリットが侵入している事による自然な反応そのものを、であった。

「静粛に。私はこれに対して何もしていないわけではない。一旦静まれ」

混乱する場を諌め、間を置いて語り出す。

「私が得たその情報からすると、既にバーンライトのスピリットはラセリオの周囲に潜み、エーテル変換施設の破壊を目論んでいるようだ。
既にサモドア山道からの道が閉ざされた今、なにがなんでもこの国を弱体化させたいらしい」

「国王陛下。恐れながら発言させていただきますが我が国のスピリットは今、この首都に殆どを集中させております。
ラセリオに残されているスピリットはもう攻めてこないと考え、皆無であります。このままでは――」

仕官の一人が恐縮しながらも、危機感から発言をする。
本来ならば国王からの発言の許可がなければならないが、現状では現状の打開をこの仕官は優先した。

「それならば問題ないのだよ。既に私自らの特別指令としてスピリット隊を明け方出発させた」

だがルーグゥ王はそれこそ考えのうちであり、愉快気に答える。

「仕官の者たちへの伝達をしなかったのは、後の自体への遅延を鑑みての決断であった。この決断が後の英断になるのは時間の問題である」

周囲からの驚きと感嘆の視線を感じて「ふっふっふっ」と笑う。

「…この件に関してはラセリオからの情報が届き次第、情報部より報告させる。それでは今日の会議を始めるとしよう――」

少し笑い続けるも、後につかえる会議が再開される。
ルーグゥ王の胸の内には自信への自画自賛に己が望みをふつふつと煮えさせていた…。

 10:11 A.M.-

「居たか?」

「いや、こっちには居ない」

「くそっ! せっかくの金づるが…」

ラセリオの街に近いリュケイレムの森の中では男たちが逃げたスピリットを捜索している。
だが肝心のスピリットに逃走をされ、完全に見失っていた。

「おい! 向こうにガキが通ったような跡が残っているってよ!」

「それは本当か?」

「ああ。微妙に細工して誤魔化している様子だってよ」

「妖精の分際でこざかしいマネを…さっさと俺たちもそっちに行くぞ!」

捜索で得た情報を元に男たちは走っていく。
道の通っていない森の中は生い茂っており、人が居なくなれば人の居た跡以外はまた静かな森の様相を取り戻す。
草木を掻き分けて去っていく幾人もの人の通る音は徐々に遠ざかり、森の中の木漏れ日や小鳥達の鳴き声によって完全に消え去る。

「――行ったわね」

上空より舞い落ちる木の葉。そして逆さまに宙から周囲の様子を窺うシルスの頭。
彼女は今、木の枝にぶら下がっていた。両足と片手で器用にぶら下がっており、余った片手でスカートを抑えている。

「スカートを抑えなくてもいいんじゃないですか? こっちとしては眼福したいですし…」

「その考え方はどうかと思うけど…。それよりもあれで本当に遠ざけられたのかどうかが心配だわ」

振り子の様に身体を大きく揺らして一気に木の上へと戻ったシルスは、同じく木の上に居るリアナとフィリスへと身体を向ける。

「何も居ないとわかれば戻ってくるかもしれませんけど、今は大丈夫でしょう。この稼げた時間でこの後のことを考えましょう」

「あんなんで本当に引っかかるなんて…人を陽動させるのに成功させるのは何かくすぐったい気分だわ」

「『痕跡は残されていれば調べるのは当然。それに対する動きを読むことで相手の連携や実力を計れる』――レイヴンの言う通りですね」

木の上という盲点に身を隠すのと意図的に痕跡の偽造しての観察と誘導。レイヴンの教えがこんな所で生きていた。

「半信半疑だったけど、実際に成功するとレイヴンが怖くなってくるわね。まぁ、それはいいとしてこれからどうするかよね…」

「まずは私たちが正午にレイヴンと落ち合うことが大前提ですね。そしてそれまでにあの人たちの探索から身を隠す」

「時間としてはだいたい後二時間ちょいあたりね。木の上に隠れているのアリだけど、これは非常用に隠れる場所にしましょ」

木の葉の傘から覗かせる現在の太陽の角度からシルスは推測して答える。リアナも見上げてシルスの案に頷く。

「まずは身を隠す場所をどうするかですけど――? なに、フィリス?」

服の裾をフィリスに引っ張られてリアナは振り返ると、フィリスはある方向を指差していた。
リアナとシルスはそちらの方角を見ると、男たちが再び捜索を開始しているが目に映る。

「居ないと感づかれたのでしょうか?」

「痕跡だけで足跡が続いていないのにやっと気がついたんじゃないの? 何はともあれ、移動しましょうか」

「そうですね。行きましょう、フィリス」

「は〜い」

 10:24 A.M.-

「退去命令、ですか?」

ウィリアムは目の前の衛兵にそう問い返す。
彼とレイヴンはしばらく調整をした機器の点検と事後経過の観測をしている真っ最中であった。

「そうだ。さきほど本城から緊急連絡でバーンライトのスピリットがこの付近で潜伏している事がわかった。
これよりこのエーテル変換施設を最低限の人員を残して緊急閉鎖する。直ちにこの施設より退去するように。いいな」

そう言ってそそくさと立ち去る衛兵の背中を見ながらウィリアムは「はあ…」と気の抜けた返事をしていた。

「ねぇねぇネウラ。今言ってたバーンライトのスピリットってもしかして――」

傍で聞いていたセリアが少し慌て気味に聞いて来る。
レイヴンの連れであるスピリットが見つかってしまったのではないかと心配している。

「今の奴は『本城』からと言っていた。俺たちは山道から直接赴いているのだから情報の伝達経路が明らかに異なっている。
少なくとも奴らの事を示しているスピリットでは無い」

「そうなんだ。でもあんまりよくないんじゃない〜…?」

スピリットが潜伏している。これだけでもレイヴンの連れのスピリットが見間違われる可能性は大きい。

「それは奴らの立ち回り次第だ。少なくとも、この程度で捕まるような教えはしていない」

「そうなの?」

「そうだ。だが…」

レイヴンは機器に視線を向けたままに動かしていた動かしていた手を止める。

「その情報が如何なる根拠、入手経路であったのかは気になるところはある」

「と、いうと?」

セリアの催促にレイヴンは再び手を動かしながら答える。

「まずはどうやってこの付近にスピリットが潜伏していると本城が知ったのかだ。
ラセリオの街から直接ならば自然ではあるが、首都からとなると時間的にも地理的にも不自然さがある」

「情報を集める人たちが塞がった山を迂回して首都に行ったんじゃないの?」

「ではそれは何時の情報になる。そして潜伏しているスピリットの侵入経路は?」

バーンライト首都サモドアを北上してリモドア、リーザリオを経由してラキオス領のエルスサーオへ。
それから西北西の首都ラキオスへと向かう事となるために――。

「うーん…。だいたい5日くらいかな?」

「短い。10日はかかる。良くても一週間だ」

「そんなにかかるの?」

「情報を得た人物が直接情報を運搬すると自分が敵国の諜報員である事を自己主張してしまう。
そのために手紙などの間接的に仲間を通じて伝達を行うが、この場合は定期的にや特定の順序を追って合流して行われる。
特に国境を越える場合は定期連絡が必至であり、一歩遅れてしまえば次の連絡まで待たされる事になる」

「つまり手間がかかるからどうしても遅れちゃうんだ〜」

要約するセリアにレイヴンは頷く。

「ラキオスの諜報員がどこまで優秀かは知らないが、明らかに情報の伝達が早すぎる」

「じゃあ、元々潜伏するのを誰かが知ってあらかじめ教えておいたっていく線ならどうなの?」

「その線は間違いだろう。それはあくまでも『居るかもしれない』という可能性であって、退去を命じられる程に切迫する事はありえない」

「そう言われればそうかも〜…」

少し納得するセリア。そこへウィリアムが帰ってくる。

「すみません、ネウラさん。せっかく手伝ってもらっていますのに…」

「問題ない。機器はほど正常に可動中。計測器の観測はこのまま継続状態にしておく」

「本当に助かりました、ありがとう。では街へと戻りましょうか」

「買い物をしていかない〜? ネウラも」

「俺は元よりそのつもりだ」

「それじゃあ決定〜!」

「――セリア、お父さんは置いてけぼりかい…?」

レイヴンの手を引いて出て行く背中を追いながらウィリアムは一人嘆いていた。

 10:41 A.M.-

「えー。…森も先程よりもさらに生い茂り、差し込む日の光も半分以下となっております。追っ手は完全に撒いたようですが――」

「完全に迷子ですね」

「まよったー!」

シルスたち三人は下半身半ばを雑草の中に埋めた地点でそう宣言した。
髪には既に草木の中を潜った痕跡の小枝や葉っぱが付着し、服も少しよれよれである。

「現在地点はもうわかりませんね…これではまず河を探すのが一番ですね」

「確かラセリオの北を横切る河は一つだけだものね」

リアナの確認にシルスが頷き、実行のための情報収集を術を言う。

「河を探すにあたって太陽もかなり上がっているので判断しにくいので、木の木目を見ましょう」

「木目が広いほうが南だったわよね。それじゃさっさと探して――」

「うにゃ!」

フィリスの気合の入った声に言葉半ばでシルスの言葉は消された。
そして次瞬には大地を小さく揺らす振動が起こり、木に休んでいた鳥たちが驚いて飛び去っていく。

「あっちが南〜」

フィリスが森の一点方向を指差す。

「そうですね。じゃあ、行きましょうか♪」

「うにっ」

「――そうね…」

三人は河を目指して歩いていく。
彼女達を見送るは、フィリスの『雪影』の一撃で倒された一本の樹木であった…。

 10:48 A.M.-

「ちくしょう、完全に見失っちまった」

森の中を探し続ける男たちだったが、ついにその姿を見る事はなかった。

「どうするよ。これ以上森で探してたら街の兵士どもに気が付かれちまう」

男たちは一旦集合し、色々と意見を交わす。

「誰だよ、絶対の簡単に金が手に入るだなんて言った奴はよ!」

「これじゃあ時間の無駄じゃねぇか、どうしてくれんよ、あ!?」

「オメェだってやる気だったじゃねぇかよ!」

だが、元々金を目的とした稚拙な連携であるために口論となる。

 10:54 A.M.-

ラセリオの街は一日の最初の全盛期の時間となっている。
エーテル変換施設の設備が不調であるからといって、その影響は今のところそれほど大きくは無い。

「さっきから買っている小物はどうやってそんな小さな腰下げ袋にいれているのかな〜?」

「入れ方に順序をもってして入れていけば自ずと空き容量は確保できる」

「そんなもんなんだ。それじゃあ、買い物の続きをしようか〜!」

セリアに手を引っ張られて歩くレイヴン。
その後方からウィリアムが意気消沈して後を追っている。

「セリア〜。お父さんに荷物持ちだけをさせるなんてひどいじゃないか〜」

両手に背中に、セリアが個人的に見繕った品物を持っているウィリアム。

「だって生活に必要な物が丁度なかったし、その中にはお父さんのために買った物があるんだよ?」

「…そうか、そうか! お父さんは頑張って荷物持ちしちゃうぞ!」

「うん、頑張ってお父さん♪」

手に持った荷物ごと腕を振り上げるお父さんに応援を娘はする。
レイヴンは傍らでエールを後ろへと送っているセリアを見る。
セリアが前を向き直ってレイヴンと視線を交えると小さく笑う。

「そのお父さんのための荷物とやらはウィリアムの持っているどれだ?」

「さっき振り上げた袋の中の一箱」

「中身は?」

「髭剃り用具。頬擦りされると痛いから」

 11:05 A.M.-

「歩けどあるけど見渡すかぎり緑のなか〜」

「本当にこの方角で合っているのかわからなくなるわね、こんだけ草木ばっかりだと」

獣道を行くシルスはそう悪態をつく。
真っ直ぐ南下をしているために利便性を無視して突っ切っている真っ最中である。

「それは問題ないかもしれませんよ?」

「? どうしてよ?」

「だって、ほら。聞こえないですか?」

微かに鼻をくすぐる湿った匂い。そして耳を澄ましてみると聞こえてくる水の流れる音。
シルスはその方向、自分たちが進んでいる方向の先からである。

「まさか――」

 11:09 A.M.-

森が開けて直ぐに目についたのは大きな水の流れる河。
大きな流れはシルスたちの視線の左から右へと流れて行っている。

「本当に合ってたわね…」

「ラセリオの街もちゃんと視野にあるようですし、時間にはまだ間に合いますね」

太陽はそろそろ最頂点へと向かっている。
自分たちはラセリオの街とサモドア山脈の丁度対称地点に移動するには少し厳し目であった。

「いそご〜!」

「わかってるからあまり勝手に先に行くな、フィリス!」

「元気なのは良いことですけどもね」

 11:16 A.M.-

「わたしも行く〜」

「邪魔だ」

「ぶーぶー!」

抗議の声を上げるセリア。
大抵の買い物を済ませたレイヴンがフィリスたちと合流するためにバトリ親子と別れようとして現状に至っている。

「どうしてー? わたしはネウラの連れの人と会いたいだけなのに〜」

「ラセリオの街を一旦離れる。お前を連れて行けば人目に付く」

「わたしがいた方がけっこう役にたつよ?」

「この場合は役に立つのも考えものだ。セリアの場合は顔の広さで俺の顔が知られるのは芳しくない」

「むー…」

今度はむくれるセリア。レイヴンは至って涼しい顔である。

「セリア、無茶を言ってはいけないよ? 彼にも色々と事情があるんだからね」

「お父さん。わたしも一緒に行かせてくれなきゃお父さんとお話したくない」

「頼むネウラ。セリアどうか一緒に行かせてくれ。セリアの為に、そして父親の私の為に!
セリアとお話が出来ない時間なんて私は、私は――!!」

レイヴンの両肩を掴んで必至に訴えるウィリアム。

「――分かった」

溜め息を吐いてレイヴンは妥協した。セリアは喜び、ウィリアムは感激している。

「ただし。行き来の途中で待機してもらうのは絶対条件だ」

「それでしょうがないね。それでいこう〜…!」

 11:22 A.M.-

「だいたいの場所はこの付近で大丈夫だとは思いますけど…」

「ラセリオの街とサモドア山脈の頂が丁度重なってるんだから問題はないわね。
問題があるとすればまだあたしたちを探してる連中のことだけね」

目的の方角範囲へと到着したシルスたちは一旦木の上へと避難して対策を講じる。

「本格的な捜索でしたらこのままここに居るのは良くないかもしれませんが、おそらく大丈夫でしょう」

「リアナがそう考えた根拠は何?」

「彼らの連携です。ただ遊ぶために寄せ集めただけの人員でしたから、それほど長く探しているとは思えません。
もしかしたらいがみ合っているのかもしれませんよ?」

「ありえそうな話だけど、そんなに都合のいいことはないでしょ?」

 11:27 A.M.-

「そこの男ども! 何をしている!?」

スピリットを見つけられない男たちは森の中で取っ組み合いをしていたが、その声に中断する事となった。

「!? あれは衛兵? 逃げろー!」

「ちっ! 踏んだり蹴ったりだぜ!」

 11:34 A.M.-

「セリア。セリアはどの付近から進入するのは人目に付かない」

「北と南の門から離れていればそれほど目につかないけど、時折巡回とかしてるからあんまし安全じゃないよ〜」

「ではセリアには東側で通り抜けられそうな場所の入り口付近を確保していてくれ」

「わたしはここまでなの〜?」

橋の入り口まであと少しとなった地点での頼まれ事。セリアは頭を少し捻って考える。

「わかった。その代わりちゃ〜んと帰ってきてよね〜?」

「ああ」

 11:37 A.M.-

「……? 神剣の気配がする?」

「ええ。数はおよそ10、でしょうか? 具体的な数は加護がない今はこれ以上の判断は私には出来ないですね」

木の上での話し合いの最中に感じた微かな気配。方角的にラキオス首都からもスピリット隊複数。
耳を澄ますように、シルスたちは感じ取れるマナの気配を漏らさないように気を配る。

「首都ラキオスからね。あたしたちを捕まえに寄越した…?
違うわね。あらかじめに知っているならばもう既に森の中を探し回っているわね」

「この気配からすれば、街道をそのまま道なりに南下してラセリオの街に行くみたいですね」

気配は丁度橋を渡る方角にまで移動している。
少しそこで気配が止まるも、直ぐに街へと気配が紛れ込んでいった。

「元々ラセリオにいたスピリットたちも活動しているようですし、どうやら援軍か何かね」

「でも、それでは何に対して今さらラセリオに…? バーンライトが攻めて来ない今、集わせる意味なんて――」

「ラキオスの真意なんてあたしたちに分かるわけないわね。今は大人しくレイヴンが来るのを待つのが吉でしょうし」

 11:40 A.M.-

「? 何でスピリットがこの街に来てるんだろう…? あ、そっか。スピリットがこの街に潜伏してるとかのか〜。
後でネウラに知らせといた方がいいかな…?」

セリアは大通りを通っていくラキオススピリットたちを他の人々に混じって見ていた。
事情を知らない街の住民は小さくざわめいているが、所詮はスピリットのこと等関心は皆無に等しい。
あるとすればただ厄介ごとを持ち込んでいないかどうか、である。

 11:46 A.M.-

「…ちくしょう。衛兵が散々だったぜ」

「金づるのスピリットは逃がすわ、衛兵には追いかけられるわ。全くついてねぇ」

「どうするよ。何人かは捕まっちまったかもしれないぞ」

「大丈夫だろ。こっちの顔が割れてもスピリット探しなんだから文句を言われるだけだ」

シルスたちを探していた男たちはラセリオに戻るために橋を渡ろうとしながら愚痴を零している。
橋を往来する人々や荷馬車はまばらになっており、橋を見守る衛兵も街の前まで下がっていた。

「最近、街の施設がうまく動かないからって衛兵どもも面倒ごとを抱えて鬱憤を晴らしたいのさ」

「こっちだっていい迷惑しているんだよな。お陰で仕事がさっぱりだ」

男たちの脇を一人の男が通り過ぎる。
たった一人で、商人や街の住人でもない様相の男を、彼らは誰一人とて気にしない。
そしてなお、誰もその男に視線を向ける事はなかった――。

 11:53 A.M.-

「そろそろ頃合いね」

「そうですね」

「あ、来たよー」

河に沿ってラセリオ方向からやってくる人影。
影も太陽が真上にあるためにシルスたちがその姿を肉薄するはそう難しくもなかった。

「…あたしたちが随分と苦労したのに、あの男が平然と来られると無性に腹が立つのはおかしいかしら」

橋の下を潜り、泳ぎ、追いかけられ、逃げて、隠れる。
人間が追いかけられる理由は無いが、それでもあっさりと歩いているレイヴンの姿にシルスの目は据わっていく。

「まぁまぁ、落ち着いてシルス。そんなのはいつものことじゃないですか」

「――どういつもなのよ…?」

「レイヴンに一方的につっかかって玉砕してるじゃないですか。そうでしょ、フィリス」

「シルスお姉ちゃんとレイヴンのかけあいまんざい〜」

シルスはうな垂れる。

「…………もういいわ」

 11:57 A.M.-

「見事に人に見つかっていたな。河を泳いで渡る発想は良かったがその後の詰めが甘かったのだろう。
その後は無事に逃げ切れたみたいだが、相手が一般人であったのは不幸中の幸いか」

「合流早々の初めの言葉がそれ? しかも何であんたがそれを知ってるのよ! それも見て来たかのように合ってるし!!」

的を得た物言いにシルスは驚く。

「説明が欲しいなら、解説をしてもいいが?」

「…言わなくていいわ」

シルスは逡巡し、溜め息を吐いて止めた。

「どうせ今のあたしたちの服装の身だしなみや髪の毛の状態とかで判断したんでしょし…」

「そういう事だ」

当たっていたらしい。別段驚く事もしないレイヴンにシルスは先ほどリアナに言われた通りの状態になっているのに少し悔しがる。

「それではまず、ラセリオに行くぞ」

「このまま他の場所にいかないんですか?」

リアナはてっきりラセリオを離れると思っていた。シルスも同じようであったため、疑問を顔に出している。

「状況が悪い。説明はラセリオで一旦腰を据えてからにする」

「分かりました。ですがどうやって街へ行くんですか?」

リアナたちスピリットが一度でも誰かに悟られてしまえばその場で一大事となる。
それを避けるためにリアナたちは橋の下を潜り、潜水して渡った。
それをまたするのだろうかとリアナは思った。

「河幅はおよそ20.81m。投げ飛ばせない距離ではないな」

「――はいっ…?」

河を見据えて呟く言葉に一同は目を点にした。一体に何を言っているのだろうか?
不思議に思っていると、レイヴンは手招きをしてフィリスを近寄らせる。

「フィリス。神剣の加護は無しゆえに着地には気をつけろ」

「? はいっ」

フィリスの荷物と『雪影』をフィリスの身体にしっかりと固定されながらレイヴンに掛けられる言葉にフィリスは首を傾げるも頷く。
そして河のすぐ傍らへと行くと、レイヴンはフィリスの両手を掴む。

「目を回すなよ」

「うにゃ…!?」

そしてそのままレイヴン自身の軸にフィリスをぐるんぐるんと回し出す。
初めはフィリス自身がレイヴンの周囲を走り回る様だったが、勢いがついて直ぐに宙に浮き上がった。
そして徐々に回転しながら河へと近づき、そして――

「とうっ」

「にゃ〜〜〜〜〜〜〜……」

気の抜けるようなレイヴンの声とともに真っ直ぐ河を向こうへとフィリスは高く放り投げらた。
フィリスの声もその合わせて遠のいていき、呆然と見守っていたシルスたちは目を見開く。

「ちょっ!? あんた何してんのよ!!?」

「幾らなんでも今のは無謀では――」

抗議の声が上げるが、レイヴンは顎で示す。

「見てみろ」

その一言にシルスとリアナは宙を舞うフィリスを見上げる。
すると落下の最中のフィリスは身体を丸め、くるくると回って着地の瞬間に姿勢制御して見事に着地。
こちらを振り返って大きく手を振っている。

「……あはは、少し驚いちゃいました」

「…本当にデタラメね」

「各々に思うところがあるのは勝手だが、次はどっちが行く?」

シルスとリアナは顔を見合わせる。そしてリアナは爽やか〜に微笑んだ。

「シルスからお願いします♪」

「いやーーー!?」

 00:14 P.M.-

「この道は〜…少し人が多いっか」

セリアはラセリオの北西からの侵入経路を模索していた。
なるべく人がいない道を探しているだが、一向に理想通りの交通量である道が見つからないでいる。

「こうしてみると、意外と人っているものなんだな〜」

少し感慨深げに思うも、なかなか見つからないために焦りも感じる。

「…うーん。三つ前の小さな通りなら上手く行くかもしれなけど、それでもやっぱし安心できないな〜」

セリアはもう少し探そうと、再び新たな脇道へと足を踏み込む。

 00:22 P.M.-

「無事に渡れたのだから問題はなかっただろう」

「神剣の加護なしであんなのをやられたらかなわないって言ってるの!」

「でも楽しかったですよ。特に飛ばされる際のシルスの顔と絶叫が特に…」

「そこっ! 人の不幸に感動するな!」

うっとりとするリアナにシルスがすかさず突っ込んだ。

「え〜、たのしかったよねー、リアナお姉ちゃん」

「それはそれで楽しかったですね、フィリス」

「うんっ!」

レイヴンによってシルスたちは無事に河を渡り、レイヴン自身は橋を渡って再び合流していた。
シルスはこの時、今日何度目かの溜め息を再び吐く事となった。

「時間も惜しい。このままラセリオへと赴くぞ」

「街へ着いてからの予定は何ですか?」

「協力者の下で一時的に隠れ、状況確認を行う。その後は少し情報収集をしたのちに後の動きを決める」

「そうですか。私たちの方で見つかった件に関しても、ですか?」

「無論だ」

話をする気力を失ってフィリスの隣を歩くシルスの代わりにリアナがレイヴンに状況確認を行う。
既に進めている歩は、一刻も早くラセリオへの到着を目指している。

 00:28 P.M.-

「奥さん、聞きまして? 首都から何やらスピリットがこの街に来たんですって!」

「聞いた聞いた! 何やらバーンライトのスピリットがこの近くに潜んでるとか…」

「嫌だ嫌だ。大掛かりな施設が使えないやら物の値上がりとかやらでホント、迷惑ねぇー」

昼食の買出しに出ている奥様方は噂や自慢話に花を咲かせている。

「もう攻めて来ないとか言って引き上げたのに、また来るなんで邪魔よねぇ?」

「そうよそうよ」

「そうそう、この話は既にご存知?
酒場でたむろしている男達がリュケイレムの森にそのバーンライトのスピリットを捕まえてお金にしようとしているそうなのよ!」

「知ってる知っている! でもそれは少し古いわよ。何人かが話を嗅ぎ付けた衛兵に森で捕まったって!」

「あら本当に?」

「暇な男達ねー」

 00:37 P.M.-

「やっほー。そっちがネウラのお連れさん?」

「そうだ」

ラセリオへと着いたレイヴンたちのセリアは連れの方を見やる。
シルスたちは外套を羽織り、フードを被って顔を隠して俯いているため、顔色は伺えない。
しかし一人が背負っている刃物のお陰で察しは容易につき、見つからない道を理由も納得いく。

「道の方はどうなっている?」

「探してみると意外と誰も人が居ない道ってないものなんだね〜。
ついさっきいい具合の脇道があったから、そこからね」

「では、行こう。あまり長く留まっていても状況は良くならない」

「うん。じゃ、いこうか」

セリアは連れの事についてレイヴンに問わない。
セリアも早く行動に移す事を必要と感じ、今は好奇心を潜める。

 00:43 P.M.-

「ウィリアムは何をしている?」

「お父さんなら今頃お昼ご飯を作ってるんじゃないかな〜?」

「…彼女はどうした?」

「――いつものことで…」

「そうか」

「そうなんですよ〜」

二人は閉口、沈黙した。

 00:47 P.M.-

「――はっくしょん!」

フライパンで炒め物をしていたウィリアムがくしゃみをした。

「んー。少し風邪でも引いたのかな?」

 00:53 P.M.-

ラセリオの街は貿易中継地点及びバーンライト対策の為の駐留拠点として成り立っていた。
その影響で住居区域は比較的東よりとなり、セリア宅も東側の一際こじんまりとした場所に立っている。

「随分と住居区と異なる場所、建築施設をしているな。これは個人的に家でエーテル研究をしている所以か?」

「あったり〜。一ヶ月に何度も爆発させるから初めに住んでいた所から追い出されちゃったって言ってた」

セリアの言う通り、人っ子一人会う事もなくバトリ家を目の前にする事が出来た。
バトリ家は他の家とは違い、かなり堅固な作りと様相をかもし出している。

「じゃあ、わたしのお家へようそこ〜」

 00:55 P.M.-

「…ただいま〜」

「うん? セリア〜、帰ったのかい〜?」

台所にいたウィリアムは愛する生娘の声が聞こえてきたで玄関の方へと顔を出す。

「ただいま、お父さん」

「お帰り。ネウラさんもようこそ」

「お邪魔する」

軽く会釈をし、シルスたちも中へと入らせて玄関の扉を閉める。

 00:57 P.M.-

「顔を出してもかまわないぞ」

レイヴンがそう言うとシルスたちはフードの中から顔を出した。
バトリ親子は少し驚く。幼いながらも本当にスピリットがそこに居たからである。
セリアはレイヴンの今までの言い方から、そうであろうと感づいていたが、実際に見ると驚いてしまう。

フィリスとリアナの蒼・緑の髪からは当然ながらスピリットである事は容易に察しがつく。
黒髪で見分けがつき難いシルスは羽織を緩めた外套の隙間から覗く神剣でスピリットである事を明白にした。

 00:59 P.M.-

「…本当にスピリットだったんだ〜」

「セリアは知っていたのかい?」

「何となくだったんだけどね〜」

セリアはまだあどけないスピリットを見、そしてシルスたちもバトリ親子を見る。

「………」

シルスの瞳には、警戒の色が濃く存在していた――。


 01:00 P.M.-




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